〈斎藤道三〉「国盗り」一代説 vs 二代説

「六角承禎条書写」(永禄3年=1560、春日家文書)は、祖父(道三の父)が妙覚寺僧から長井家臣となり、子の道三が長井の名字を奪い斎藤に改めたと三代にわたり明記。死後4年の同時代文書という史料価値から、現在の学界では親子二代説がほぼ定説。ただし父子の事績の切り分けには諸説が残る。

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