〈黒田官兵衛〉宇都宮鎮房を謀殺し、寺の壁が血で赤く染まった

天正16年(1588)の鎮房謀殺(和睦を装い中津城に招いて殺害)は複数史料から史実と認められ、「清廉な智将」像への重要な反証として近年の評伝も重視する。一方、従者が討たれた合元寺の「塗り替えても血がにじむ赤壁」は寺伝・伝承。黒田家が後に鎮房の霊を城井神社に祀ったのは事実である。

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