〈朝倉義景〉志賀の陣で信長を「詰み」寸前まで追い込んだ

元亀元年(1570)、森可成・織田信治を討ち、比叡山に拠って信長と3か月対峙。信長は勅命と将軍仲介の講和で危機を脱した。『信長公記』にも信長側の苦境が記される、「義景=戦下手」への最大の反証事例。ただし決戦を避けた判断への評価は分かれる。

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