〈真田幸村〉「幸村」という名前は本物か

現存する自筆書状・発給文書はすべて「信繁」署名で、大坂入城後も一貫。「幸村」署名文書の写し2通は偽文書と判明。初出は死後約60年の寛文12年(1672)刊『難波戦記』で、以後講談で定着し、松代藩真田家すら幕府に「幸村」で届け出るほど浸透した。近年の研究書はいずれも「信繁」表記を採用する。

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