〈豊臣秀長〉「秀長が生きていれば豊臣家は滅びなかった」
反実仮想であり真偽は判定できない。渡辺世祐『豊太閤の私的生活』(1939)以来多くの歴史家が言及し、堺屋太一の小説(1985)が国民的に定着させた。ただし『多聞院日記』が秀長の死に際し「国の先行きはどうなるのか、心細いことだ」と記したように、同時代人がその死を政権の不安材料と受け止めたこと自体は史実。一方、晩年は病がちで死の2年前から大坂城出仕の記録がなく、政治的影響力の低下を指摘する慎重論もある。
反実仮想であり真偽は判定できない。渡辺世祐『豊太閤の私的生活』(1939)以来多くの歴史家が言及し、堺屋太一の小説(1985)が国民的に定着させた。ただし『多聞院日記』が秀長の死に際し「国の先行きはどうなるのか、心細いことだ」と記したように、同時代人がその死を政権の不安材料と受け止めたこと自体は史実。一方、晩年は病がちで死の2年前から大坂城出仕の記録がなく、政治的影響力の低下を指摘する慎重論もある。