〈木曾義昌〉遺体は椿海に水葬された

文禄4年(1595)頃に没した義昌の遺体は、城下西方の内海・椿海に水葬されたと伝わる(『旭市史』)。寛文11年(1671)の干拓後、跡地に墳墓・供養塔が築かれ、現在も旭市に水葬跡石塔が残る。戦国大名の水葬は極めて異例で、遺言によるとも伝えるが、初出は近世の地誌・寺伝レベルで史実性の確認は困難。

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