〈最上義光〉政宗毒殺未遂事件 — 義光は黒幕だったのか

天正18年(1590)、義姫が政宗に毒入りの膳を出し、義光が黒幕だったという事件の初出は仙台藩正史『貞山公治家記録』(1703成立)で、同時代史料に見えない。虎哉宗乙書状(1594)は義姫の山形出奔を事件の4年後とし通説と矛盾。事件後も政宗と義姫は情愛あふれる手紙を交わしており、佐藤憲一氏らは事件自体に否定的。「義光黒幕説」に至っては根拠を欠く俗説である。

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