〈相馬顕胤〉伊達領へ侵攻し、伊具郡を獲得した

天文の乱で伊達郡・信夫郡(懸田城・大森城・阿武隈川筋)を転戦したことは確かだが、伊具郡の獲得は顕胤の死後のこと。子の15代盛胤が金山城(1564頃)・丸森城(1570)を攻略して伊具郡南部を領有し、天正12年(1584)頃の伊達との和睦で返還された。「顕胤が伊具郡を獲得」とするのは世代の混同である。

関連