〈鍋島直茂〉鍋島化け猫騒動

碁の争いで斬られた龍造寺又七郎の母の飼い猫が化け猫となり鍋島家に祟る——この筋書きは完全な創作で、又七郎なる人物も確認できない。ただし伝説の核には、(1)高房の憤死(1607)、(2)直茂の耳の腫瘍による苦悶死が「高房の祟り」と噂されたこと、(3)龍造寺遺臣の不満、という実在の背景がある。江戸後期に実録本『佐賀怪猫伝』系統として成立し、嘉永6年(1853)の歌舞伎「花嵯峨猫魔稿」が佐賀藩の抗議で上演中止になった事件が知名度をさらに高めた。

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