〈三木直頼〉信濃の木曾氏に攻め込んだ
木曾氏との抗争は『飛州志』系統の記述に見えるが、岐阜新聞連載「戦国飛騨をゆく」は「勢力伸長を象徴する逸話か」と表現し、一次史料の裏付けの弱さを示唆する。確実なのは、天文13年(1544)の書状で「高山で米が入手できないため信州木曽から取り寄せる手配をした」と記し、木曽方面と経済交渉ルートを持っていたこと。軍事侵攻の規模・時期を特定できる史料はない。
木曾氏との抗争は『飛州志』系統の記述に見えるが、岐阜新聞連載「戦国飛騨をゆく」は「勢力伸長を象徴する逸話か」と表現し、一次史料の裏付けの弱さを示唆する。確実なのは、天文13年(1544)の書状で「高山で米が入手できないため信州木曽から取り寄せる手配をした」と記し、木曽方面と経済交渉ルートを持っていたこと。軍事侵攻の規模・時期を特定できる史料はない。