〈後藤基次〉生存伝説 — 豊後へ落ち延びた

戦死したのは影武者で、本人は秀頼を護衛して真田信繁と豊後日出に上陸し、中津・伊福の里で暮らして承応3年(1654)に自刃した——という大分県中津市耶馬渓の伝承。秀頼薩摩落ち譚と結合した典型的な生存伝説で、現地の墓は市指定史跡になっている。ほかに奈良県宇陀市(又兵衛桜)、伊予帰農説(愛媛)、柳生の里、鳥取など終焉伝承は全国に分布する。戦死が史実である。

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