〈木村重成〉「戦国一の美男子」だった

容姿を記す確実な同時代史料はない。核は「進退が礼にかなう」と賞された講和使者の記録と香の逸話。『難波戦記』が忠義の若武者として造形し、決定打は人形浄瑠璃『鎌倉三代記』(明和7年〈1770〉大坂初演)——重成を美貌の三浦之助義村に翻案し、「美少年+悲恋+忠死」の像を大衆芸能として完成させた。現代の「イケメン武将」評は約150年かけた物語的造形の到達点である。

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