〈蜂須賀小六〉矢作橋で日吉丸(少年秀吉)と出会った
渡辺世祐は、室町期のどの紀行文にも矢矧川(矢作川)に橋は見えず渡し船が使われていたことを指摘して虚伝と断定。橋の架設は江戸時代で、秀吉少年期には橋自体が存在しない。小和田哲男は『絵本太閤記』(1797年刊行開始)の著者・武内確斎の創作と特定した。初出は『絵本太閤記』。岡崎市の「出合之像」は伝説を記念するモニュメントである。
渡辺世祐は、室町期のどの紀行文にも矢矧川(矢作川)に橋は見えず渡し船が使われていたことを指摘して虚伝と断定。橋の架設は江戸時代で、秀吉少年期には橋自体が存在しない。小和田哲男は『絵本太閤記』(1797年刊行開始)の著者・武内確斎の創作と特定した。初出は『絵本太閤記』。岡崎市の「出合之像」は伝説を記念するモニュメントである。