〈藤堂高虎〉三日餅 — 「出世の白餅」の人情話

浪人時代、三河吉田宿の餅屋で無銭飲食し、正直に詫びると店主・彦兵衛が路銀まで与えて故郷へ帰した。大名となった高虎は後年餅代を返した——講談・浪曲で流布した名場面。文献上の初出は藤堂藩家老「中川蔵人日記」天保10年(1839)条で、高虎没後200年以上経った記録。同時代史料はなく、旗指物「白餅」と「城持ち」の掛詞から逆算して生まれた説話の可能性が指摘される。ただし藤堂家と吉田宿の餅の儀礼という慣習自体は天保期に実在した。

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