〈加藤清正〉「地震加藤」— 地震の夜、真っ先に駆けつけた

謹慎中の清正が慶長伏見地震(1596)の直後に秀吉のもとへ駆けつけ勘気を解かれた——という物語は歌舞伎『増補桃山譚』(明治2年初演)で人口に膾炙した創作。地震2日後の清正書状から当時大坂にいたと推定する説(中野等)があり、謹慎自体も一次史料で確認できない。ただし細川忠興の証言(『綿考輯録』)などから「駆けつけ」の原型があったとする説(福田正秀)も残る。

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