〈石田三成〉大谷吉継と膿の茶碗

茶会で吉継の膿の落ちた茶を三成が飲み干した——江戸期の典拠すら不明で、明治44年の文献では秀吉の行為として載る。二人の友情自体は関ヶ原での共闘が証明しており、創作を必要としないほど本物である。

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