〈池田輝政〉督姫の「毒饅頭」事件

継子・利隆に毒饅頭を勧めたが露見し、実子・忠継と督姫自身が死んだ——という講談は江戸後期の巷説が初出。史実では督姫は慶長20年(1615)2月4日に二条城で、忠継は同月23日に岡山城で、いずれも疱瘡により死去しており、場所・順序・死因がすべて食い違う。両藩の史料も毒殺を否定し、昭和53年(1978)の忠継廟移転に伴う発掘調査でも遺体から毒物は検出されなかった。

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