〈三好長慶〉嫡男義興は久秀に毒殺された

義興の死(1563、享年22)は発病から一定の経過をたどった病死とみるのが自然。「久秀が三好家乗っ取りのため毒殺した」とする説の初出は江戸期の軍記『足利季世記』などで、同時代史料に根拠はない。松永久秀ページの判定と同一。義興の死から始まる政権崩壊を「すべて久秀の陰謀」で説明する物語に、軍記が応えた結果である。

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