〈菅沼忠久〉誘いの連鎖 — 定盈から忠久へ、忠久から重時・康用へ
『寛政譜』は野田菅沼定盈による調略と、忠久経由で鈴木重時・近藤康用が加わった経緯を記す。同族ネットワークと井伊谷与力ネットワークの交点にいた忠久が仲介役に適任だったことは構造的に自然だが、誘いの順序を確認できる一次史料はない。なお野田菅沼氏(定盈)と都田菅沼氏(忠久)は同じ菅沼一族でも別の家である。初出=『寛政譜』巻第三百三・三百五。
『寛政譜』は野田菅沼定盈による調略と、忠久経由で鈴木重時・近藤康用が加わった経緯を記す。同族ネットワークと井伊谷与力ネットワークの交点にいた忠久が仲介役に適任だったことは構造的に自然だが、誘いの順序を確認できる一次史料はない。なお野田菅沼氏(定盈)と都田菅沼氏(忠久)は同じ菅沼一族でも別の家である。初出=『寛政譜』巻第三百三・三百五。