〈高坂昌信(春日虎綱)〉長篠敗戦後、駒場で勝頼を出迎え五箇条を献策
新しい衣服・武具で敗軍の体面を整え、北条との同盟強化、戦死した山県・内藤・馬場らの子弟登用、穴山信君・武田信豊の切腹などを献策したという逸話は『甲陽軍鑑』のみが伝え、平山優氏も史実性は「検討を要する」とする。ただし長篠後に武田・北条同盟が実際に強化された(天正5年に北条夫人が勝頼に嫁ぐ)ことなど外形的状況とは整合する。初出は『甲陽軍鑑』。勝頼・山県・内藤の各ページと整合。
新しい衣服・武具で敗軍の体面を整え、北条との同盟強化、戦死した山県・内藤・馬場らの子弟登用、穴山信君・武田信豊の切腹などを献策したという逸話は『甲陽軍鑑』のみが伝え、平山優氏も史実性は「検討を要する」とする。ただし長篠後に武田・北条同盟が実際に強化された(天正5年に北条夫人が勝頼に嫁ぐ)ことなど外形的状況とは整合する。初出は『甲陽軍鑑』。勝頼・山県・内藤の各ページと整合。