〈本多正信〉足が不自由だったのは桶狭間の戦傷

永禄3年(1560)桶狭間の戦い(大高城兵糧入れ)で膝を負傷したとする説と、出奔中の加賀での戦傷とする説がある(江戸期の系譜・逸話史料。所伝により時期・場所が異なる)。足が不自由であったという伝え自体は複数の所伝にあるが、原因は確定しない。「戦場働きのできない身体だからこそ知略で仕えた」という人物像形成に関わる論点として、両説併記が妥当。

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