〈本多正信〉家康が正信を「友」と呼んだ

家康は正信を「友」として遇し、二人の間では多くの言葉を要さなかった、という。知られた早い例は新井白石『藩翰譜』が二人の関係を「朋友の如く」と表現したもので、「正信は友である」という直接話法の形は、さらに後世の逸話集・通俗書で定型化したとみられる。臨終前後まで側近であり続けた事実や僚臣の嫉妬が伝わるほどの寵遇は確かで、「主従を超えた信頼」という評価自体は実態を反映していようが、発言の一次史料は確認できない。

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