〈結城秀康〉秀康は双子で生まれた
『柳営婦女伝系』は双子で弟は夭折と記すが、生母実家の知立神社伝来「知立明神古文書」では弟は神職・永見貞愛として31歳まで生き、秀康が年2000俵を援助したとする(武藤正典氏1965)。幕府系史料と神社側文書で弟の運命が正反対で確定は難しいが、具体的文書が伝来する「弟は神職として生きた」説は無視できない。両説併記が適切。
『柳営婦女伝系』は双子で弟は夭折と記すが、生母実家の知立神社伝来「知立明神古文書」では弟は神職・永見貞愛として31歳まで生き、秀康が年2000俵を援助したとする(武藤正典氏1965)。幕府系史料と神社側文書で弟の運命が正反対で確定は難しいが、具体的文書が伝来する「弟は神職として生きた」説は無視できない。両説併記が適切。