〈諏訪頼隆〉頼隆は「諏訪氏当主」だった

辞典類には「当主」と記すものもあるが、頼満の没年(1539)は頼隆の死(1530)より後で、頼満がその後も和睦・婚姻を主導している。「嫡男のまま早世し、家督は継がなかった」とみるのが整合的。歴代当主に数える系図と数えない系図がありうる。

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