〈北条綱成〉「今川家臣・福島正成の子」という出自

初出は『北条五代記』系統の編纂物。黒田基樹氏は「福島上総介正成」の実在自体を古文書上確認できないとし、実父を白子原合戦(1525)戦死の伊勢九郎(櫛間九郎)と推定。小和田哲男氏も古記録に正成の名が見えないことを指摘し、見崎鬨雄氏は飯田河原で戦死したのは福島助春であり正成戦死説自体が成立しないとする。「福島(くしま)氏系統の出身」の蓋然性は高いが、「遺児の流浪」という劇的な物語は後世の造形の可能性が高い。

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