〈甲斐宗運〉義陽の首実検で落涙し「三年のうちに滅びる」と嘆いた

初出は相良側の江戸後期編纂記録『南藤蔓綿録』で、同時代史料ではない。討った側の宗運を情義の人として描く、敗者側記録らしい潤色の可能性が高い。ただし「相良の滅亡は阿蘇の滅亡に直結する」という情勢認識は的確で、実際に阿蘇氏は数年で滅んだ。後知恵で整えられた「予言的名場面」とみるのが妥当。

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