〈最上義光〉「鮭様」— 鮭好き伝説と文化人の顔

書状で鮭や鮭の子(はららご)への言及が複数残り、鮭を好んだことは史実。ただし「鮭様」は現代のファン・ゲーム界隈発の愛称で史実の異名ではない。一方、文禄2年(1593)に里村紹巴一門との連歌の席に「白」の号で参加した記録があり、自筆の和歌・書状も多数現存。粗野な梟雄像とは正反対の一流の教養人だった。

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