〈最上義光〉長男・義康暗殺 — 「子殺しの梟雄」は本当か

慶長8年(1603)、長男・義康が移動の途上で射殺されたことは史実。だが「義光自身の命による」とする説は『最上記』系軍記が初出で一次史料の裏付けがなく、義光が義康の死を深く悲しんだと伝える史料もある。最上義光歴史館は「讒言に踊らされた末の悲劇か、関与自体が疑わしい」と慎重な立場をとる。

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