〈最上義光〉白鳥長久謀殺 — 病と偽り寝床で斬った

天正12年(1584)の白鳥氏討滅と長久の死は史実。だが「重病を装って枕元に呼び寄せ抜き打ちに斬った」という劇的な経緯の初出は江戸期軍記『最上記』で脚色の可能性が大きい。「血染めの桜」が城内に残ったという話は伝説。長久が織田信長に接近していた書状が確認され、謀殺には政治的必然があったとみるのが近年の理解。

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