〈相馬盛胤〉25歳で熊野・高野山に参詣し、京で綸旨を得た

天文22年(1553)、熊野・高野山を参詣し京で綸旨を賜ったと相馬側記録が伝える(官途表記には「大膳大弼」「弾正大弼」の揺れがある)。戦国大名の若き当主が長期領国を離れる大旅行で、叙位の実否を含め一次史料での確認はできない。晩年(1591)にも隆胤供養のため高野山に参詣したと伝わり、信仰心の厚さを示す前後対の逸話となっている。

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