〈北郷時久〉嫡男相久の悲劇

嫡男相久(妻は島津義弘の娘・御屋地)が父と不和になり廃嫡され、居城の安永金石城で自害したことは家の記録・系図が一致して伝える史実。ただし年次は天正7年(1579)説と天正9年(1581)説の両説があり確定しない。原因について同時代史料は沈黙しており、「讒言を信じた時久が城を兵で囲んだ」とするのは江戸期編纂『庄内地理誌』の家伝で、諸説の域を出ない。

関連