〈鍋島直茂〉冷徹な一面 — 味方の見殺し

須古城攻め(1574)で先陣の広橋信了に無理攻めを強いて討死させ、大村攻め(1577)では先陣の勝屋勝一軒の敗北を援軍規定に反して静観した——『北肥戦誌』の伝えるこれらの話は軍記由来の諸説だが、顕彰史料には見えない「聖人君子ではない直茂」を示す反証として貴重である。

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