〈伊東義益〉従四位下・左京大夫と将軍偏諱
従四位下・左京大夫は『戦国人名事典』等の系譜類が伝える(叙任の経緯・時期は不詳)。父義祐が足利義晴偏諱・従三位と中央権威の獲得に熱心だったことから、「義」の字も将軍義輝の偏諱と考えるのが自然でそう記す解説も多いが、授与を直接示す文書は確認できない。義祐の相伴衆就任(1564)と同時期の任官工作の可能性も推測の域を出ない。初出:『戦国人名事典』。偏諱の一次典拠は未確認。
従四位下・左京大夫は『戦国人名事典』等の系譜類が伝える(叙任の経緯・時期は不詳)。父義祐が足利義晴偏諱・従三位と中央権威の獲得に熱心だったことから、「義」の字も将軍義輝の偏諱と考えるのが自然でそう記す解説も多いが、授与を直接示す文書は確認できない。義祐の相伴衆就任(1564)と同時期の任官工作の可能性も推測の域を出ない。初出:『戦国人名事典』。偏諱の一次典拠は未確認。