〈長宗我部国親〉「姫若子」の元親を深く案じた

色白で無口な嫡男が「姫若子」と陰口され、国親が後継者として憂慮した——という親子物語の初出は『元親記』『土佐物語』で、同時代史料に確認できない。22〜23歳という遅い初陣は事実らしく、そこから逆算された説明の可能性が高い。むしろ注目すべきは、初陣が宿敵との決戦の大舞台となり、勝利の一か月後の死去でも政権移行が混乱なく行われた点で、継承の準備は十分だったと評価できる。元親ページ検証1と同判定。

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