〈長宗我部国親〉一条房家に庇護され、1518年に岡豊復帰

幼い千雄丸が幡多郡中村へ逃れて一条房家の庇護を受け、房家の仲介で本領を還付されたという流れは『長元物語』等によるもので、諸書おおむね一致する。ただし兼序生存説に立てば、1518年の「復帰」は実際には父からの「代替わり」だった可能性がある。一条氏が後見的役割を果たしたこと自体を否定する材料はなく、大枠は通説として受け入れられている。

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