〈一条兼定〉渡川(四万十川)の戦いの大敗(1575)

伊予から旧領へ進攻し四万十川を挟んで大敗したことは確実(長宗我部元親ページでも【史実】判定)。兵力3500対7000超や、栗本城の防衛線が吉良親貞隊の上流迂回で崩れたという経過は軍記由来で留保が要る。注目すべきは追放から1年半後の帰還に土豪が続々帰参した事実で、一条氏の権威がなお生きていたことを示す。

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