〈増田長盛〉五奉行の「土木・行政担当」だった
五奉行の一員であることは確実だが、「長盛=土木」と明快に割り振る整理は後世的な図式化で、実際の職務は検地・訴訟・蔵入地管理・取次など重複的だった。ただし三条大橋架橋・郡山総堀など土木実績が突出して多いのは事実。慶長4年の朝鮮再攻勢で出征軍大将に内定していたこと(「島津家文書」)は軍事面の評価も示す。
五奉行の一員であることは確実だが、「長盛=土木」と明快に割り振る整理は後世的な図式化で、実際の職務は検地・訴訟・蔵入地管理・取次など重複的だった。ただし三条大橋架橋・郡山総堀など土木実績が突出して多いのは事実。慶長4年の朝鮮再攻勢で出征軍大将に内定していたこと(「島津家文書」)は軍事面の評価も示す。