〈蜂須賀家政〉秀次事件で娘の婚家・前野家を失った

家政の娘は父の盟友・前野長康の嫡男・景定に嫁いでいた。長康は秀次の宿老だったため秀次切腹(1595)に連座し、景定も自害を命じられ前野家は断絶——ここまでは史実。この体験が後の親家康路線に影響したとの見方は心理的推測の域を出ない諸説である。なお前野家伝来と称する『武功夜話』自体の史料価値には強い疑義がある。父・正勝のページと同じ扱いとする。

関連