〈足利義輝〉三好長慶暗殺未遂を義輝が指図した
天文20年(1551)、奉公衆・進士賢光が宴席で長慶に斬りつけ自害した事件。『細川両家記』は「将軍の密命」との世上の見方を伝え、山田康弘氏は義輝が仕組んだ暗殺計画と推定する。聖人君子の悲劇の将軍ではなく、手段を選ばぬ権謀の人でもあった。
天文20年(1551)、奉公衆・進士賢光が宴席で長慶に斬りつけ自害した事件。『細川両家記』は「将軍の密命」との世上の見方を伝え、山田康弘氏は義輝が仕組んだ暗殺計画と推定する。聖人君子の悲劇の将軍ではなく、手段を選ばぬ権謀の人でもあった。