〈細川忠興〉利休七哲の「筆頭」で、堺へ下る利休を見送った
利休の高弟であり七哲の一人であることは『江岑夏書』等で裏付けられるが、顔ぶれ・順序は文献により異なり「筆頭」は確定的称号ではない。淀の船着き場まで見送ったのは三斎と古田織部だけだったという逸話は『茶話指月集』等の江戸期茶書由来。ただし利休遺品を多数伝来させ、茶法を変えずに継承したことは永青文庫の伝来品が裏付ける。
利休の高弟であり七哲の一人であることは『江岑夏書』等で裏付けられるが、顔ぶれ・順序は文献により異なり「筆頭」は確定的称号ではない。淀の船着き場まで見送ったのは三斎と古田織部だけだったという逸話は『茶話指月集』等の江戸期茶書由来。ただし利休遺品を多数伝来させ、茶法を変えずに継承したことは永青文庫の伝来品が裏付ける。