〈本願寺顕如〉「鉄甲船」が毛利水軍を殲滅した
天正6年(1578)の第二次木津川口の戦いで九鬼嘉隆の大船6隻が毛利水軍を撃退したことは『信長公記』が伝え、『多聞院日記』や宣教師の記録に「鉄の船」への言及もある。だが鉄板張りの構造の詳細を伝える一次史料はなく、実態は諸説。毛利側史料には木津浦着岸の記述があり、封鎖は完全ではなかったとの見方もある。
天正6年(1578)の第二次木津川口の戦いで九鬼嘉隆の大船6隻が毛利水軍を撃退したことは『信長公記』が伝え、『多聞院日記』や宣教師の記録に「鉄の船」への言及もある。だが鉄板張りの構造の詳細を伝える一次史料はなく、実態は諸説。毛利側史料には木津浦着岸の記述があり、封鎖は完全ではなかったとの見方もある。