〈成田甲斐〉「甲斐姫」という名前は本物か
同時代文書に「甲斐姫」の名は現れず、『関八州古戦録』も「氏長の娘」としか書かない。表記の確実な初出は『真書太閤記』『成田記』という18世紀後半以降の文献。ただし地誌『武蔵志』が「械(カイ)」と記すなど「カイ」という音の在地伝承は存在し、醍醐寺短冊の「可い」が唯一の同時代候補である。
同時代文書に「甲斐姫」の名は現れず、『関八州古戦録』も「氏長の娘」としか書かない。表記の確実な初出は『真書太閤記』『成田記』という18世紀後半以降の文献。ただし地誌『武蔵志』が「械(カイ)」と記すなど「カイ」という音の在地伝承は存在し、醍醐寺短冊の「可い」が唯一の同時代候補である。