〈徳川家光〉30万の大軍を率いて上洛した

寛永11年(1634)の上洛自体は史実で、家光最後の上洛となった。京都市中への地子銀免除などの恩恵を施し、朝廷・西国大名への将軍権力の示威として政治史研究(野村玄ら)も重視する。ただし「30万7000人」という人数は軍記的な概数で、実数を確定できる史料はない。

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