〈山県昌景〉「赤備え」は虎昌から継承した
飯富虎昌が創始した赤備えを義信事件後に昌景が継いだとする通説の初出はほぼ『甲陽軍鑑』で、同時代文書で軍装そのものは直接確認できない。ただし虎昌の旧部隊(騎馬衆)の一部継承は山県衆の構成から整合的とみられる。赤備えは武功抜群の者にのみ許される緋色の軍装をまとうエリート部隊の象徴とされた。
飯富虎昌が創始した赤備えを義信事件後に昌景が継いだとする通説の初出はほぼ『甲陽軍鑑』で、同時代文書で軍装そのものは直接確認できない。ただし虎昌の旧部隊(騎馬衆)の一部継承は山県衆の構成から整合的とみられる。赤備えは武功抜群の者にのみ許される緋色の軍装をまとうエリート部隊の象徴とされた。