〈宇喜多直家〉病床で秀吉に幼い秀家を託した
臨終の対面場面を裏付ける一次史料はない。確実なのは、天正10年(1582)1月21日に秀吉が宇喜多重臣を率いて安土城に赴き、信長から八郎(秀家)の家督相続承認を取り付けたこと。この事実から劇的な「臨終託児」の美談が後から形成されたとみられる。没日自体が秘匿され諸説ある以上、今際の場面は再構成と考えるべきである。
臨終の対面場面を裏付ける一次史料はない。確実なのは、天正10年(1582)1月21日に秀吉が宇喜多重臣を率いて安土城に赴き、信長から八郎(秀家)の家督相続承認を取り付けたこと。この事実から劇的な「臨終託児」の美談が後から形成されたとみられる。没日自体が秘匿され諸説ある以上、今際の場面は再構成と考えるべきである。