〈宇喜多直家〉織田と毛利を渡り歩いた変節漢

永禄12年(1569)の反宗景、天正2–3年(1574–75)の毛利同盟と宗景追放、天正7年(1579)の織田転身——経過は同時代文書で追える史実。だが「無節操」は後世の評価で、近年は境目の中小大名として合理的な外交選択とみる。帰属変更のたびに家中を割らずにまとめ切った統率力こそ注目される。

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