〈山中鹿介〉「厠から」の脱出劇

尾高城に幽閉され、所領提供の懐柔を拒んで脱出したことは吉川氏側の記録からも認められる。「赤痢を装って厠に通い、汚穴から逃げた」という有名な細部は『陰徳太平記』等軍記由来。確実な捕虜脱出は尾高城の一度で、二度目の捕縛(上月城後)では脱出できず落命した。

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