〈山中鹿介〉布部山の敗戦と殿軍諸説あり元亀元年(1570)2月、安来市広瀬町布部で毛利本軍に大敗し、再興軍衰退の転換点となったことは文書上も確実。鹿介が最後まで殿として軍の崩壊を防いだという描写は軍記による。関連山中幸盛