〈毛利元就〉厳島の戦いは「4千対2万」

この兵力差は『陰徳太平記』など軍記物由来。近年の検討では毛利方は国人衆・水軍を含め4千を大きく上回り、陶軍2万は動員力から過大とみられる(陶方優勢自体は動かない)。暴風雨の夜の包ヶ浦上陸と宮尾城の囮は概ね史実性が認められる。

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