〈真田幸村〉九度山からの脱出劇

慶長19年10月の九度山退去と大坂入城は確実で、紀州藩主・浅野長晟が村々に監視を命じた記録も残る。だが「父の法要と称し村人を酒に酔い潰して抜け出した」という劇的な逸話は後世の編纂物によるもの。妻子を含む百人規模の移動に村人が気付かぬはずがなく、黙認や監視の緩さがあったとみるのが近年の見方。

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